MJK463ノート・最近の記事

2009年11月25日

連合艦隊解散の辞

いよいよ、司馬遼太郎の「坂の上の雲」のドラマが始まりますが、このドラマが始まる前にどうしても見ておきたいものがあって、横須賀で記念館になっている戦艦三笠を訪れました。航空際でも戦闘機を見てわくわくするように、戦艦を見ても似たような感じです。戦艦といっても三笠は公園の一角に固定されているので、本物とはちょっと違う状態ではありますが。ちょうど、有料道路から市内に降りる直前の左側が軍港で米海軍のイージス艦(?)と潜水艦がちらっと見えました。これは、まさに本物。

連合艦隊解散の辞

ここに来たかった最大の目的は「連合艦隊解散の辞」の実物を見てみたいとかねがね考えていたからです。東郷平八郎の直筆とあります。
日本海海戦は海戦史上例のない完全勝利でありながら、戦役後には軍人としておごることなくひたすら自らの責務を全うするために行うべき平時の行動の重要性がその実践を踏まえて書き記されています。起草は秋山真之と言われています。
当時の米大統領のS.ルーズベルトは、この内容に感銘を受け、米海軍士官に翻訳文を配ったそうです。
  
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2009年09月02日

歴史の1ページになる日

2009年の8月30日(日)は歴史の1ページとして記録される日となりました。
 平成21年8月31日朝刊
 朝日新聞朝刊(平成21年8月31日) ※拡大します
「民主党の政権政策マニフェスト」を見る [追記] 
2010年6月2日 鳩山首相退陣表明  [2010.09.29追記]

1999年(H21) http://ja.wikipedia.org/wiki/1999%E5%B9%B4
1989年(S64/H01) http://ja.wikipedia.org/wiki/1989%E5%B9%B4
1979年(S54) http://ja.wikipedia.org/wiki/1979%E5%B9%B4
1969年(S44) http://ja.wikipedia.org/wiki/1969%E5%B9%B4
1959年(S34) http://ja.wikipedia.org/wiki/1959%E5%B9%B4
1949年(S24) http://ja.wikipedia.org/wiki/1949%E5%B9%B4
1939年(S14) http://ja.wikipedia.org/wiki/1939%E5%B9%B4
1929年(S04) http://ja.wikipedia.org/wiki/1929%E5%B9%B4
1919年(T08) http://ja.wikipedia.org/wiki/1919%E5%B9%B4
1909年(M42) http://ja.wikipedia.org/wiki/1909%E5%B9%B4

ウィキペディア(Wikipedia)で10年刻みに100年分をリンクしてみました。
10年一昔と言いますが、単純に10年で並べてみても関連ある事柄が潜んでいるようにも見えます。もちろん、前後の9年間が連綿とつながっていての結果ですが。

「20世紀少年」という映画がちょうど上映されていますが、主人公と同世代のものとしては、1969年の記憶は鮮明に残っています。白黒テレビで不鮮明な映像を見て、西山千さんの同時通訳と「ピー」という音が何なのかよく分からないで聞いていたことや翌年の万博の特集記事などがマガジンやサンデーに載っていた時代でした。林間学校の帰りのバスの中で三沢高校の再試合の中継をドキドキしながら聞いて、一人で投げぬいた太田投手に感動しましたね。
この年の暮れにあった総選挙の初当選の何人かの人達が、今回の選挙の中心にいるも面白い。

 ■各年の主なできごと
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2009年08月17日

大平建築塾2009

ゲリラ豪雨などという異常気象がここ数年の夏の様になってきた感じがします。梅雨開け10日は夏らしいてん天候が続くものというのがこれまで普通でしたが、普通でないことがいろいろ起きているようです。今年の大平建築塾も雨の大平を体験するということになってしまいました。

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 首都圏に生活する私たちにとって、地元の飯田の人たちとどのような関係づくりができるのかが大きなテーマでした。大平をのこす会との共催というのも始めて
の試みです。地元の事情に疎い私たちにとっては、のこす会の羽場崎さんからのアドバイスや指導は今まで知らなかった大平宿を知る機会ともなりました。

夜会公演に始めて地元の人形劇団の上演ができたことはとてもよい思い出となりました。(「大平宿で黒田人形浄瑠璃」へ
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posted by 太郎丸 at 15:28 | Comment(0) | 大平建築塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月05日

大平宿で黒田人形浄瑠璃

通勤時にアスリートと走ったり、バッティングセンターで一流ピッチャーの球を打って「贅沢だ〜」というテレビのコーヒーCMがありますが、この夏はちょっと贅沢な体験ができました。

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恒例の大平建築塾(8/1〜3)に今年も参加しましたが、初日の夜会公演には地元飯田の黒田人形座の皆さんに人形浄瑠璃を上演いただきました。外題は「鎌倉三代記 三浦別の段」
  
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posted by 太郎丸 at 19:24 | Comment(0) | 大平建築塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月24日

村田蔵六

村田蔵六 先日、九段下まで出かける機会がありました。靖国神社のすぐ近くが目的の会場であったので、参道を通って行くことに。
大きな鳥居の向こう側中央には銅像が建っています。日本の軍制の基礎を築いた大村益次郎で、司馬遼太郎の小説「花神」の主人公になった人です。
村田蔵六は、現在の山口市の村医の子として生まれた彼の元の名です。偉くなって名が変わったわけです。小説の中の主人公像からすると、名という記号が変わった程度にしか感じなかった人で、社会の構造変化が激しい時代の中で、自分の名も化学反応として変わったぐらいにしか思っていなかったと思います。
  
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posted by 太郎丸 at 11:15 | Comment(0) | MJK463ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月21日

香川県の土壁ネットワークの活動

平成15年告示1543号で土塗り壁の耐力壁の倍率が一定の数値が確保できるようになりました。告示では、具体的な仕様を規定することで、その範囲内で性能を提示しています。土塗り壁は全国の各地にある建築構法ですから、告示の仕様一本で、というわけにはいかない状況が出てきました。これはある程度は、想定されてはいたことと考えられます。小舞竹の幅や間隔などは、ある程度の許容範囲で各地域の特定行政庁の運用で判断してかまわないとだろうと思うのですが。地域固有のことであれば特定行政庁としては地方ルールで検討し、検証していくことぐらいできるだろうと。しかし、どうもそうはいきにくかったようです。
  
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posted by 太郎丸 at 12:11 | Comment(0) | 木・素材のことなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月19日

「筋交い」は伝統構法の要素と考えてよいのか?

町で見かけた在来工法住宅筋交い(すじかい)は軸組みを固めるために取り付ける斜材です。
筋違いなどとも書きます。これは素直に読むと「すじちがい」となりますが、こういった表現で用語としては用いられています。
その姿から考えると「交」の文字のほうがその形を示していると言えそうです。ただ、「すじ」が「ちがう」といういうのも軸組みのタテヨコの構造材の構成に対して、斜めと向きの違うことから考えると筋が違うというのも理にかなった言い方のようにも思われます。
 たすき掛け筋交い:町で見かけた在来構法の住宅

建築基準法施行令第45条(筋かい)、第46条(構造耐力上必要な軸組等)、告示第1460号(木造の継手及び仕口の構造方法を定める件)にその材料や留め付け方などを示した仕様があります。四角形の対角線に斜材を打ち付ければ、その軸組みは歪みにくくなり、壁としての耐力を確保できるという機構です。三角形不変の法則というわけです。
  
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posted by 太郎丸 at 19:48 | Comment(0) | 伝統構法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月11日

専攻建築士という建築士

士業たるもの日々学習し、鍛錬し質の高い建築創造を行うことを推し進めることがその職能です。その学習の場提供が(社)建築士会連合会でCPD制度として用意されています。この制度、Continuing Professional Developmentは専門職のための継続的な技術向上を図るプログラムで、医師の団体などではいち早く取り入れられていたものです。
建築士も全国で100万人以上もいるそうですが、技術の進歩や社会情勢の変化、身近なまちづくりへの関わりなどその職能の領域は多様で多岐にわたっています。建築士というくくりだけでは、さらに深まる専門性への対応は難しく、その必要性からもこういった制度が求められてきたのでしょう。

CPD制度は学習に応じた単位を認定し、一定以上の単位取得に対して分野別に専攻建築士という認定する制度も用意されています。下世話な表現で言うと、人は目の前にニンジンをぶら下げられると、行動の動機付けになる、ということではないでしょうか。ただ、ニンジンを食べるのは本人ですから、首を伸ばすだけなのか、ニンジンを探すのか、ニンジンを植えるのかなどは、日々すべて自主的に、能動的に動くことがその基本で重要なところでしょう。
  
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posted by 太郎丸 at 10:49 | Comment(0) | MJK463ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

伝統的木造軸組構法住宅の耐震性能検証実験の報告

 平成21年6月23日(財)日本住宅・木材技術センターのホームページに「伝統的木造軸組構法住宅の耐震性能検証実験の報告」と題して、3カ年計画の1年度目の報告記事があります。
このページからは報告書の全頁がダウンロードできます。

 残り2年間で伝統的木造軸組構法住宅の設計法を作り上げていくミッションです。地域や個人によっても多様な捉え方をされる伝統的構法を整理し、時間的にまとめ上げていくことは容易なことではありません。
 複数の委員会、TT(タスクチーム)には研究者とともに設計あるいは施工、林業に携わる実務者も含まれていますが、今までにあまりなかった委員構成で、画期的と言えるものでしょう。有効に機能することが望まれます。
  
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posted by 太郎丸 at 17:00 | Comment(0) | 伝統構法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月21日

「伝統構法」の議論が熱くなってきた

伝統構法の見直しが始まっている。何を見直すのか?
そもそも、伝統構法とは何であるのか。私自身も「伝統構法」あるいは「伝統的構法」という言葉を用いながら、木の家づくりの仕組みを表現しようとしています。

木の特性を捕らえながら、長所は活かし、欠点は補い補完しながら木を扱う職人たちによって受け継がれている技術、それを支える彼らの技能と感性、そして経験で裏打ちされた信頼。

社寺の流れもあれば、民家や町屋の流れもあり、それらに類似している要素もあれば、まったく異なる要素もあり、建築をつくる背景や支える空間規模、機能が異なれば、木の使い方やその構成の方法も変わるのは必然なのです。
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 海野宿(長野)小野宿(長野)
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posted by 太郎丸 at 18:35 | Comment(0) | 伝統構法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする