MJK463ノート・最近の記事

2012年01月08日

IS学生の課題で武蔵豊岡教会堂の模型を作る・・・小屋組みが変更されていた?

武蔵豊岡教会堂・その2
s2011_0823_ 037-02.jpg毎年6〜8月に当事務所では、ものつくり大学のインターンシップ制度で学生を受け入れています。主に模型作りや文献資料の整理などを課題としていますが、昨年は学生の希望もあって、武蔵豊岡教会の教会堂の模型作りを計画しました。

一つには、市内で昨年5月にヴォーリズに関する講演会などもあり、教会堂を始めて見る機会もあって、私自身も強く関心をもっていたこと、また隠れている小屋組みのシザーズトラスの仕組みに建築的な興味を覚えたということからでした。

しかし、建設当時の図面からは、トラスの納まりを十分に理解できませんでした。交差部分や吊りボルトの納め方、登り梁や小屋束と水平梁の取り合い方などは、図面の表現だけではその構成を把握するには情報が足りないものでした。
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posted by 太郎丸 at 02:18 | Comment(2) | 家・建築のことなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月24日

武蔵豊岡教会堂と西洋館(入間の建築)

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W.M.ヴォーリズ設計による教会堂が入間にあります。
武蔵豊岡教会は1889(明治22)年に創立され、その教会堂は1923(大正12)年5月に献堂式が行われています。
大正12年といえば、その9月に関東大震災が起こっていますが、当時の記録からはこの地域の被害はあまり大きくはなかったようで、教会堂もその影響を受けてたということはなかったようです。初代の教会堂(天裕堂)は、一人の信者から捧げられた酒蔵を解体して造られていました。現在でも今の教会堂の横に建っており、当初は牧師館として、現在は収納物等を納める建物として活用されています。こちらの建物も木造建築のリノベーションとして考えると興味深いものです。酒蔵を解体し教会堂へ、それを現在の場所へ移築されています。
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教会堂(左)と天裕堂(右)
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ヴォーリズは、大正から昭和期に多くの住宅や教会堂の建築を残している建築家ですが、建築家というよりは聖職者として、建築を造ることを通じて広く活動していたと考えるほうがよいのではと思えます。彼の業績を記した書籍からはそのように読み取れます。メンタームで有名な近江兄弟社の起業も聖職者として、その活動基盤をつくるためのものであったとされ、実業家としても興味深い人物といえるでしょう。s2011_0508-2_001.jpg
建設当時の天裕堂
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posted by 太郎丸 at 14:14 | Comment(0) | 家・建築のことなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月10日

Facebookをうまく使えない (投稿実験)

事務所に来て、まず最初にパソコンをONにする。
立ち上がると、メールのチェックが日常の行動。
2〜3日おきに「Facebookからのお知らせがあります」のメッセージ。
いろいろな方の投稿情報を閲覧していないことや友達リクエストをいただいていながらそのままにしていることなどもあってのことなのだろう。
日常的にFacebookを見ることをしていないためにこのメッセージがはいってくる。
こちらからも投稿することがほとんどないし、というよりどうやってどこを操作してよいのかいまひとつ良くわかっていないというほうが正しいいのだが。

ブログの方は仕事情報などの発信ツールとして活用しているが、こちらからのブログの発信情報をFacebookに連動できないかと思って、検索してみると、ちゃんとそのような仕組みが用意されていた。
「My Blog Posts」をFacebookの検索窓に入力

1) アプリの許可→「許可する」
2)「Your blog address」→ブログのURLを入力
3)ブログの名称が表示
   →友達は選択せずに「スキップ」をとりあえずクリック

これで、このブログが更新されるとFacebookに投稿されるようなのだが。
はたしていかに。

と思って、自分のページを覗いてみると、このブログの2つの記事はすでに反映されていた。
ただ、なぜ2つなのかはわからない。

(備考)接続の解除は「Remove」をクリック ■続きを読む
posted by 太郎丸 at 11:29 | Comment(0) | MJK463ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

ヴォーリズ晩年の市川教会堂

昭和30年に竣工した日本福音ルーテル市川教会会堂は、ヴォーリズの晩年の作品と言われています。ちょうど3年前に登録有形文化財として登録されました。
今ここが、現在修復工事中で、知り合いが工事に関っていることもあって、見学させていただきました。s2011_1121_ 002.jpg ■続きを読む
posted by 太郎丸 at 11:33 | Comment(0) | 家・建築のことなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月19日

昨晩(2011/9/18)のETV特集 「原発事故への道程(前編)」

昨晩(2011/9/18)のETV特集は、1950年代〜70年代までの原子力発電の黎明期の流れをその中心で推し進めてきた、政治家、官僚、報道、商社、そして研究者などの証言でまとめた番組の前編だった。結末は来週・後編でフクシマへとつながる。

原子力の平和利用も米ソの力のせめぎ合いの中からでてきたことなど知ることができた。
当時、研究者は時期尚早として、原子力の活用に反対の立場をとっていたが、政治が動き予算が付き、官僚が動き、報道が「平和利用」をあおった。日本が高度成長へ向っていく、貧しくとも活気のあった時代に、「核」というマイナスの体験が「原子力」というプラスのイメージへ大きく転換されていく様子が伝わってきた。

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posted by 太郎丸 at 11:40 | Comment(0) | 3.11以降のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月18日

木造架構の一つの型

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「伝統構法」の定義はなかなか難しい。「これが伝統構法だ」と言った途端に「そんなもんは本物やない!」と言われてしまうでしょう。
「本物の伝統構法はこれや」と標榜する方々も世に実に多いですし、技術を受け継ぎ、工夫し、人も育ててもいます。つくづく日本の木造は多様ですごい世界なのだと思います。

差鴨居、通し貫、石場立てと古い民家などにある要素技術を並べ、その要素を集合させて構成したものであれば伝統構法と言えるのか、はなかなか難題です。とは言いながら、それらの要素がちゃんと用いられていることは、その部分から見た場合には、やはり伝統構法的にはなるだろうと思えます。
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posted by 太郎丸 at 12:41 | Comment(0) | 伝統構法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月19日

第7章 原子力に未来はない

この記事のタイトルは京都大学原子炉実験所助教の小出裕章先生の近著「原発のウソ」の最終章のタイトル。
福島の原発事故があってから、ネットメディア上で小出さんの発言はよく聞いていた。
長年の研究者としての原子力に対して表明していることが信頼できるからだ。

原子力を未来の明るい象徴として認識されていた(認識したかった)時代に原子力を専攻した小出さんは、その矛盾に気付き原子力の推進とは180度逆の立場を取り続けて発言され続けてきた。

原発事故直後から現場の状況を僅かな公表情報から想定した小出さんの発言は、東電あるいは保安員の発表より常に深刻で、最悪な事態となった場合の予測は、結果として正しかったということになってしまった。
ということは、直接の当事者は実際の状況に対する対応ができていなかったということにもなってしまう。事故の収束に関しての見込みも、周辺地域の被曝の判断や対応についても適切であるとは理解できない。

日本の原子力の研究は、戦後米国などからは遅れをとっており、現状でも借り物の技術しか持ち得ていないという日本の状況を今回の対応で国民に知らしめてしまった。その技術的な解説は、昨年の12月に出版の「隠される原子力 核の真実」などでも知ることができる。
 
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posted by 太郎丸 at 15:54 | Comment(0) | 3.11以降のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月06日

eシフトという運動体

今朝の新聞に青森県知事選挙の結果がでていた。原発推進派の現役候補が当選と出ていた。脱原発は実質的な争点になっていなかったようだが、現役の強さなのか。
 2011-0604s.jpg3.11の福島第一原発事故を契機に、脱原発と自然エネルギーを中心とした持続可能なエネルギー政策を実現させることを目標に掲げた団体・個人が参加するeシフトという運動体ができた。
そのシンポジウムが6.04(土)代々木で行われた。
5つのセッションで企画され、8時間にも及ぶ長丁場であった。
残念だったが途中で退席してしまう。これからのエネルギー政策の方向転換のきっかけを作っていける運動体になることが期待されるだろう。
退席後のセッションはUstreamで見ることができた。便利な時代だ。 
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posted by 太郎丸 at 11:40 | Comment(0) | 3.11以降のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月02日

20mSv問題 後出し基準が優先されて安全が担保できるは無理

1年間に1mSv以下であれば放射線に被曝しても可としてきた基準が20mSvにまで引き上げられた。
これで国民の健康、安全を担保できるのだろうか。
となると、今までの基準はいったい何であったのか? 
原子力安全委員会で出されたこの意見で、子どもたちにまでこの数値が適用されている。
この後出し基準に対する反対運動が起きた。文科省に詰め寄るお母さんたちの行動は親としてのごく自然な反応だ。
そもそも、基準を不利側に変更して、問題がないかのように言うのは何のためなのか。 ■続きを読む
posted by 太郎丸 at 10:42 | Comment(0) | 3.11以降のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月21日

参議院行政監視委員会【2011.05.23】に注目!

2011-0523sangiin.jpg来週の月曜日(2011.05.23 13:00〜)に開催予定の参議院行政監視委員会は注目したい。
案件は、行政監視、行政評価及び行政に対する苦情に関する調査(原発事故と行政監視システムの在り方に関する件)について。
参考人は、
 小出裕章・京都大学原子炉実験所助教
 後藤政志・芝浦工業大学非常勤講師
 石橋克彦・神戸大学名誉教授 
 孫正義・ソフトバンク株式会社代表取締役社長

原発事故発生直後にはマスメディアへの登場はほとんどなかった研究者や技術者でそうそうたる面々。
孫氏以外の3氏はネットメディア上では地震発生直後から事故への危険信号を発信し続けていた人達で、不幸にも彼らの危険予測の状態がいまだに推移している。もともと彼らは原発に対する危険性を専門性の立場から客観的に指摘し続けていた。
参考人としての意見陳述で語られるであろうことは、事故が起こってから聞く話では本来ないものだ。
事故を起こさないために何を考えなければいけないのかを発信し続けていた彼らにとっては今回の事故は無念であったと思う。

残念ながら予防や防災ということはその結果が見えにくい。危険なことが起きたときに回避するための方策であってもそれを評価することが忘れがちになってしまう。
偶然にも危険が回避されたのか、対策の結果で回避されたのかを見つめなおすことをせずにそのままにしておいた結果、次の危険に対応できるのかどうかの判断の機会を逸してしまう。これは、原発に限ったことではなく、あらゆる事象についても同様のことだろう。

原発反対を唱えることはできるが、今までもその恩恵を享受しつづけている。彼らの真摯な言葉に耳を傾け考えることをしないできた今までを振り返ることなしに次に進むことは避けたい。

月曜の委員会は参考人陳述に対する政治家の質問に注視したい。
当日、直接審議中継を見れなくともアーカイブで1年間(以前は3年間だった)は閲覧できる。
政治家の資質は、危機に直面したときに見えてくるものだと思っている。現状への政治家としての認識がむしろ問われる。

参議院インターネット審議中継
 http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php
・アーカイブ http://urx.nu/26G

 ■続きを読む[05.25追記]
posted by 太郎丸 at 12:11 | Comment(0) | 3.11以降のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする