MJK463ノート・最近の記事

2012年01月26日

切手

2012_0122_0001.jpgお年玉付年賀はがきの抽選が22日にありました。ここ何年かは当選していても、夏までに交換すればいいやと思い、結局交換しないでということが続いていました。
番号を確認しながら、改めていただいた葉書を読み返したりできるのもよい習慣となっています。ただ、出し忘れに気がついたり、住所の書き間違えで戻ってきてしまったものなど、正月気分も抜けた頭で見ると、気をつけなければと反省もしています。
ちょうど、郵便局に行くこともあって、当選品を受け取りに。当たったといっても下2桁。切手シートを受け取りました。

子供のころは切手収集が流行っていて、受け取った年賀切手も切手用のアルバムに整理したものです。たぶん今も押入れの奥にあるのではないか。
そのころは、記念切手の発売日ともなると朝から郵便局の前に並んでというようなこともありました。人気のシリーズなどは当日に売り切れということもあったように思います。何かの都合で学校が休みの日が発売日であったりすると友達と朝から並んだものです。 大人たちが何枚もシート買いしているのを羨ましげに見て、貯めた小遣いで数枚を買うというような感じでした。

趣味の切手販売の店などもあって、友達とよく覗きに行き、自分の持っている切手がいくらで販売しているのかが気にかかったものです。この前買った50円の記念切手が僅かでも高く販売されているわけです。子供にとって、その価値はとても大きなものでした。
今でも、「見返り美人」や「月と雁」などは高額な値段が付いているようです。

電子メールだけでなく、宅配業者もメール便などを扱うようになって、切手を使う機会がそもそも少なくなりました。日常から切手が離れつつある最近では、かつての高価な切手もよほど希少なものでなければ値が下がっているようです。
今では郵便局で朝から並ぶということもないでしょうね。日本郵便のHPの切手SHOPから購入もできるみたいです。昔ならすぐに売り切れそうな切手も「十分な在庫」となっています。このSHOPで販売が続いている以上、かつての子供が楽しみとしていたことはなくなってしまいましたね。アニメキャラシリーズなど子供たちに向けたデザインも多い感じですが、人気の程はいかがなものでしょう。売り切れなさそうですからシリーズものが集めやすくはなっています。

封書をもらったときに、記念切手が貼られていると、ちょっと嬉しくなります。この切手などはなかなか良いのではないでしょうか。シートから切り離すのがちょっともったいないくらいです。
お年玉の切手は、使うタイミングがなかなかないですね。子供のころの感覚もあり、シートから切り離せないだけなのですが。
いただいた年賀の記念にとっておくことになりそうです。

posted by 太郎丸 at 19:13 | Comment(0) | MJK463ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月18日

90年以上の耐久性 モルタル掃き付け仕上げの下地

武蔵豊岡教会堂・その3

ひき続き、教会堂に関して。
教会堂の小屋裏に上って驚いたのは、小屋組の構成が変わっていたこともさることながら、妻面の外壁の健全さでした。正確には小屋裏側から見たものですから、外壁下地ということになります。木摺(きずり)といって薄い細幅の板を間隔をあけて張りつけたものです。
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posted by 太郎丸 at 18:34 | Comment(0) | 家・建築のことなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月08日

IS学生の課題で武蔵豊岡教会堂の模型を作る・・・小屋組みが変更されていた?

武蔵豊岡教会堂・その2
s2011_0823_ 037-02.jpg毎年6〜8月に当事務所では、ものつくり大学のインターンシップ制度で学生を受け入れています。主に模型作りや文献資料の整理などを課題としていますが、昨年は学生の希望もあって、武蔵豊岡教会の教会堂の模型作りを計画しました。

一つには、市内で昨年5月にヴォーリズに関する講演会などもあり、教会堂を始めて見る機会もあって、私自身も強く関心をもっていたこと、また隠れている小屋組みのシザーズトラスの仕組みに建築的な興味を覚えたということからでした。

しかし、建設当時の図面からは、トラスの納まりを十分に理解できませんでした。交差部分や吊りボルトの納め方、登り梁や小屋束と水平梁の取り合い方などは、図面の表現だけではその構成を把握するには情報が足りないものでした。
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posted by 太郎丸 at 02:18 | Comment(2) | 家・建築のことなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月24日

武蔵豊岡教会堂と西洋館(入間の建築)

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W.M.ヴォーリズ設計による教会堂が入間にあります。
武蔵豊岡教会は1889(明治22)年に創立され、その教会堂は1923(大正12)年5月に献堂式が行われています。
大正12年といえば、その9月に関東大震災が起こっていますが、当時の記録からはこの地域の被害はあまり大きくはなかったようで、教会堂もその影響を受けてたということはなかったようです。初代の教会堂(天裕堂)は、一人の信者から捧げられた酒蔵を解体して造られていました。現在でも今の教会堂の横に建っており、当初は牧師館として、現在は収納物等を納める建物として活用されています。こちらの建物も木造建築のリノベーションとして考えると興味深いものです。酒蔵を解体し教会堂へ、それを現在の場所へ移築されています。
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教会堂(左)と天裕堂(右)
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ヴォーリズは、大正から昭和期に多くの住宅や教会堂の建築を残している建築家ですが、建築家というよりは聖職者として、建築を造ることを通じて広く活動していたと考えるほうがよいのではと思えます。彼の業績を記した書籍からはそのように読み取れます。メンタームで有名な近江兄弟社の起業も聖職者として、その活動基盤をつくるためのものであったとされ、実業家としても興味深い人物といえるでしょう。s2011_0508-2_001.jpg
建設当時の天裕堂
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posted by 太郎丸 at 14:14 | Comment(0) | 家・建築のことなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月10日

Facebookをうまく使えない (投稿実験)

事務所に来て、まず最初にパソコンをONにする。
立ち上がると、メールのチェックが日常の行動。
2〜3日おきに「Facebookからのお知らせがあります」のメッセージ。
いろいろな方の投稿情報を閲覧していないことや友達リクエストをいただいていながらそのままにしていることなどもあってのことなのだろう。
日常的にFacebookを見ることをしていないためにこのメッセージがはいってくる。
こちらからも投稿することがほとんどないし、というよりどうやってどこを操作してよいのかいまひとつ良くわかっていないというほうが正しいいのだが。

ブログの方は仕事情報などの発信ツールとして活用しているが、こちらからのブログの発信情報をFacebookに連動できないかと思って、検索してみると、ちゃんとそのような仕組みが用意されていた。
「My Blog Posts」をFacebookの検索窓に入力

1) アプリの許可→「許可する」
2)「Your blog address」→ブログのURLを入力
3)ブログの名称が表示
   →友達は選択せずに「スキップ」をとりあえずクリック

これで、このブログが更新されるとFacebookに投稿されるようなのだが。
はたしていかに。

と思って、自分のページを覗いてみると、このブログの2つの記事はすでに反映されていた。
ただ、なぜ2つなのかはわからない。

(備考)接続の解除は「Remove」をクリック ■続きを読む
posted by 太郎丸 at 11:29 | Comment(0) | MJK463ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

ヴォーリズ晩年の市川教会堂

昭和30年に竣工した日本福音ルーテル市川教会会堂は、ヴォーリズの晩年の作品と言われています。ちょうど3年前に登録有形文化財として登録されました。
今ここが、現在修復工事中で、知り合いが工事に関っていることもあって、見学させていただきました。s2011_1121_ 002.jpg ■続きを読む
posted by 太郎丸 at 11:33 | Comment(0) | 家・建築のことなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月19日

昨晩(2011/9/18)のETV特集 「原発事故への道程(前編)」

昨晩(2011/9/18)のETV特集は、1950年代〜70年代までの原子力発電の黎明期の流れをその中心で推し進めてきた、政治家、官僚、報道、商社、そして研究者などの証言でまとめた番組の前編だった。結末は来週・後編でフクシマへとつながる。

原子力の平和利用も米ソの力のせめぎ合いの中からでてきたことなど知ることができた。
当時、研究者は時期尚早として、原子力の活用に反対の立場をとっていたが、政治が動き予算が付き、官僚が動き、報道が「平和利用」をあおった。日本が高度成長へ向っていく、貧しくとも活気のあった時代に、「核」というマイナスの体験が「原子力」というプラスのイメージへ大きく転換されていく様子が伝わってきた。

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posted by 太郎丸 at 11:40 | Comment(0) | 3.11以降のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月18日

木造架構の一つの型

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「伝統構法」の定義はなかなか難しい。「これが伝統構法だ」と言った途端に「そんなもんは本物やない!」と言われてしまうでしょう。
「本物の伝統構法はこれや」と標榜する方々も世に実に多いですし、技術を受け継ぎ、工夫し、人も育ててもいます。つくづく日本の木造は多様ですごい世界なのだと思います。

差鴨居、通し貫、石場立てと古い民家などにある要素技術を並べ、その要素を集合させて構成したものであれば伝統構法と言えるのか、はなかなか難題です。とは言いながら、それらの要素がちゃんと用いられていることは、その部分から見た場合には、やはり伝統構法的にはなるだろうと思えます。
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posted by 太郎丸 at 12:41 | Comment(0) | 伝統構法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月19日

第7章 原子力に未来はない

この記事のタイトルは京都大学原子炉実験所助教の小出裕章先生の近著「原発のウソ」の最終章のタイトル。
福島の原発事故があってから、ネットメディア上で小出さんの発言はよく聞いていた。
長年の研究者としての原子力に対して表明していることが信頼できるからだ。

原子力を未来の明るい象徴として認識されていた(認識したかった)時代に原子力を専攻した小出さんは、その矛盾に気付き原子力の推進とは180度逆の立場を取り続けて発言され続けてきた。

原発事故直後から現場の状況を僅かな公表情報から想定した小出さんの発言は、東電あるいは保安員の発表より常に深刻で、最悪な事態となった場合の予測は、結果として正しかったということになってしまった。
ということは、直接の当事者は実際の状況に対する対応ができていなかったということにもなってしまう。事故の収束に関しての見込みも、周辺地域の被曝の判断や対応についても適切であるとは理解できない。

日本の原子力の研究は、戦後米国などからは遅れをとっており、現状でも借り物の技術しか持ち得ていないという日本の状況を今回の対応で国民に知らしめてしまった。その技術的な解説は、昨年の12月に出版の「隠される原子力 核の真実」などでも知ることができる。
 
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posted by 太郎丸 at 15:54 | Comment(0) | 3.11以降のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月06日

eシフトという運動体

今朝の新聞に青森県知事選挙の結果がでていた。原発推進派の現役候補が当選と出ていた。脱原発は実質的な争点になっていなかったようだが、現役の強さなのか。
 2011-0604s.jpg3.11の福島第一原発事故を契機に、脱原発と自然エネルギーを中心とした持続可能なエネルギー政策を実現させることを目標に掲げた団体・個人が参加するeシフトという運動体ができた。
そのシンポジウムが6.04(土)代々木で行われた。
5つのセッションで企画され、8時間にも及ぶ長丁場であった。
残念だったが途中で退席してしまう。これからのエネルギー政策の方向転換のきっかけを作っていける運動体になることが期待されるだろう。
退席後のセッションはUstreamで見ることができた。便利な時代だ。 
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posted by 太郎丸 at 11:40 | Comment(0) | 3.11以降のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする