2006年11月23日

「木の家」に住むことは「森」に住まうこと

■山の木は人が手をかけて育てている
 日本の山の杉や桧の多くは、人の手によって植えられたものです。何代にもわたって育てられてきました。しかし、植えた木が山の人たちに経済的に還元されるのは、伐採し製材されて建物に形を変えるとき。使える木になるまでには30〜50年。あるいは100年近くの長い時間がかかります。

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 今日、植えた木は、子供や孫のため。今日、伐った木はお父さん、あるいはお祖父さんの植えた木。そんな話を木を伐採する山の現場でよく聞きます。伐採した切り株を見て、年輪を数えると、70数本。これはお祖父さんが植え育てた木なのでしょうね。この植え、育て、伐るのサイクルが代々受け継がれて山が維持され、森として自然が守られているのだと思います。産業としては、いちばん時間を必要とするものでしょう。瞬時の判断で大きな取引が行われる今の時代では、林業を産業としてだけ見てはいけないように思います。続きを読む
posted by 太郎丸 at 17:38| Comment(0) | 家のことなど

2006年01月05日

進む!木の家の可能性

 日本住宅新聞(平成18年1月5日)に掲載された文章が最近実感として捉えている木造の可能性の一端であるので、ここに書きとどめておきます。
 私の記事の前には、住木センターの部長代理の山田誠氏が「ここまでできる木造住宅」という表題で木造の防火性能が現在どのような性能を持ち、法としての位置付けを整理されていています。
 “国産の木で「木の家」を”というのがこの号の大きなテーマで、公の立場の整理と現場の立場での記事が今回の狙いのようです。
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2005年04月27日

昨今の木造住宅の一事情-2005

 今年も昨年に引き続き学生に木造の話をさせてもらう機会を与えられている。木造といっても主に住宅の規模の構法についてを基本にしている。自分の学生のころ(’76〜’80)は、木造のしかも住宅規模の構法や工法については大学では、教えることではなく知っておくこと程度でよいことだったのかもしれない。だから、木造といっても材料の時間に少し触れられる程度、あるいは設計課題で木造住宅のデザイン(架構などはほとんど意識してはいなかったし、外壁にはレンガタイルを張って、大壁造だったかな)をしたぐらいの記憶しかない。建築史では社寺など古建築についての講義があったような・・・。今思えば貴重な時間であったように思うが。それから比べれば、なんていう講義をしているのかと思うぐらいに、前期の前半は木造住宅について、実務者の目で見た視点をベースに話をしてる。研究者でないのできれいに体系だててというわけには行かないのだが、2年生にはちょっと内容(実務の要素が多いために)を理解するには現物の木造を知らなすぎるかもしれない。頭の片隅に、映像を記憶しておいてもらえれば幸いだ。続きを読む
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2004年06月02日

昨今の木造住宅の一事情-2004

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現在、学生に木造の話をする機会を前期の間与えられている。学生数が多く同じ授業を2度行なっている。特に出席表を出してもらうわけではないのだが、みなさんまじめに出席している。試験は行なわず、4課題の提出による評価法をとっているので、極端にいえば課題だけ出しておけばそれなりの点数はつくと思うのだが・・・。
自分はどうだったろうかなどと四半世紀前のことを思い出してみても仕方がない。

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posted by 太郎丸 at 12:51| 家のことなど