2014年08月31日

「戦後日本住宅伝説−挑発する家・内省する家」展(埼玉県立近代美術館)

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ちょうど、学生時代に読んだ建築雑誌に掲載されていた「住宅」も含まれている表記の展覧会が埼玉県立近代美術館で開催されていた。16人の建築家の16の住宅作品。最終日の前日の昨日、見に行ってきた。

一番最初が、1953年の丹下健三の「住居」。これは自邸で1階はピロティ、2階が居住スペース。ちょうど同年には広島平和記念館も竣工している。コルビジェのテーゼを具現化していた時代だ。日本的なる造形表現としても見事な作品。年代の最後が、1976年の「住吉の長屋」で、今をときめく安藤先生の代表作。

その時代を代表する住宅作品で、好き嫌いで言えば、宮脇ファンであった私としては松川ボックスは好きな住宅。ボックスシリーズのコンクリート躯体と木造のシステムの使い分けはとても興味深かい。納まりの細部にまで工夫が凝らされていて、宮脇さんの図面集は今でもたまに参照する。 
改めて、これらの住宅をまとめてみて見ると、とても自由に表現しようとしているし、それぞれの主張を鮮明に表出している。それらを生み出すためには、施主も含め、様々なことに対して格闘していたことだと思うのだけれど、一方で建築を「楽しく」していたように思える。右肩上がりの時代背景でもあったということもあるのだろうか。
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2012年07月09日

いるま環境フェアでのアンケート・・・住宅の寿命は30年?

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「環境」をテーマに市民団体や地元事業者、公共団体が日ごろの取り組みや提案を行う第1回いるま環境フェア(6/17)が産業文化センターで開催されました。
入間市では市民が中心になって参画した企画ごとが年間を通じてコンスタントにあるように思います。
他の町との比較をしているわけではありませんので、多い少ないは?ですが、今回の環境フェアはそのような企画の中でも、市民活動団体だけではなく、事業者も同じ場所でパネルや造形物でその取り組みを発表できたことは今までにない画期的なこと思われます。

当事務所でも日ごろの設計活動である「長寿命の木の家いえづくり」の実施例をパネルや模型、印刷物で展示しました。
・丈夫で、長持ちを実現できる家づくり
・今の住まいを孫子の代まで住み継ぐように愛着を持って
というお話をさせていただきました。
ブースを訪れていただいた方々にアンケートをお願いしました。
「あなたのお住まいは築何年以上ですか?」という問い掛けボードに、該当部分にシールを張っていただくという趣向です。その数からは、統計資料にまではならないものの、傾向があるように思えました。
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「築30年以上」より新しい家が今回は多かったということがはっきりと見て取れます。「築30年」というのはいろいろと考えさせられる時間です。
・家庭内で世代が変わる時間。
・統計上で家の寿命とされるおおよその時間。
・耐震診断の法的目安とするタイミング・・・1981(昭和56)年に新耐震基準

10年後には、そのままプラス10年に移行してくれることが望ましいと考えますが、果たしてどうなりますでしょうか。
  
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2012年01月31日

解体された旧平岡レース事務所棟

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昭和25年に建設された旧平岡レース事務所棟が解体(平成23年11月)されました。一旦、建築としての役割は終えました。設計はF.L.ライトの弟子の遠藤新で、屋根の形や出窓で水平線を強調するなどにそのデザインの特徴が見られます。資材もまだ少ない時代のものですが、まだ人件費が低いこともあって、職人の手による仕事を見ることができる時代であったことを知ることができます。s005.jpg
s2011_0909_ 020.jpg かぼちゃ束建設場所は飯能市で、この場所にはこれから図書館が建設されることになっており、それが解体のきっかけとなっています。
一時期は保存しようという動きもあったように聞いていましたが、壊されることになってしまったようです。所有者は市でしたから、最終的には市長の判断があったのでしょう。
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2012年01月18日

90年以上の耐久性 モルタル掃き付け仕上げの下地

武蔵豊岡教会堂・その3

ひき続き、教会堂に関して。
教会堂の小屋裏に上って驚いたのは、小屋組の構成が変わっていたこともさることながら、妻面の外壁の健全さでした。正確には小屋裏側から見たものですから、外壁下地ということになります。木摺(きずり)といって薄い細幅の板を間隔をあけて張りつけたものです。
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2012年01月08日

IS学生の課題で武蔵豊岡教会堂の模型を作る・・・小屋組みが変更されていた?

武蔵豊岡教会堂・その2
s2011_0823_ 037-02.jpg毎年6〜8月に当事務所では、ものつくり大学のインターンシップ制度で学生を受け入れています。主に模型作りや文献資料の整理などを課題としていますが、昨年は学生の希望もあって、武蔵豊岡教会の教会堂の模型作りを計画しました。

一つには、市内で昨年5月にヴォーリズに関する講演会などもあり、教会堂を始めて見る機会もあって、私自身も強く関心をもっていたこと、また隠れている小屋組みのシザーズトラスの仕組みに建築的な興味を覚えたということからでした。

しかし、建設当時の図面からは、トラスの納まりを十分に理解できませんでした。交差部分や吊りボルトの納め方、登り梁や小屋束と水平梁の取り合い方などは、図面の表現だけではその構成を把握するには情報が足りないものでした。
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2011年12月24日

武蔵豊岡教会堂と西洋館(入間の建築)

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W.M.ヴォーリズ設計による教会堂が入間にあります。
武蔵豊岡教会は1889(明治22)年に創立され、その教会堂は1923(大正12)年5月に献堂式が行われています。
大正12年といえば、その9月に関東大震災が起こっていますが、当時の記録からはこの地域の被害はあまり大きくはなかったようで、教会堂もその影響を受けてたということはなかったようです。初代の教会堂(天裕堂)は、一人の信者から捧げられた酒蔵を解体して造られていました。現在でも今の教会堂の横に建っており、当初は牧師館として、現在は収納物等を納める建物として活用されています。こちらの建物も木造建築のリノベーションとして考えると興味深いものです。酒蔵を解体し教会堂へ、それを現在の場所へ移築されています。
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教会堂(左)と天裕堂(右)
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ヴォーリズは、大正から昭和期に多くの住宅や教会堂の建築を残している建築家ですが、建築家というよりは聖職者として、建築を造ることを通じて広く活動していたと考えるほうがよいのではと思えます。彼の業績を記した書籍からはそのように読み取れます。メンタームで有名な近江兄弟社の起業も聖職者として、その活動基盤をつくるためのものであったとされ、実業家としても興味深い人物といえるでしょう。s2011_0508-2_001.jpg
建設当時の天裕堂
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2011年11月22日

ヴォーリズ晩年の市川教会堂

昭和30年に竣工した日本福音ルーテル市川教会会堂は、ヴォーリズの晩年の作品と言われています。ちょうど3年前に登録有形文化財として登録されました。
今ここが、現在修復工事中で、知り合いが工事に関っていることもあって、見学させていただきました。s2011_1121_ 002.jpg ■続きを読む
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2007年06月16日

人にはおすすめしないここ数年の夏の過し方

今年はどうも暑い夏になると言われています。エルニーニョではなく、ラニーニャ現象が発生しているらしいのですが、この現象が起こると夏は平年並み以上の高温になる傾向があるようです。
太平洋の東側と西との海水温度の差によってこの影響がでるようですが、地球も生命体であると考えれば毎年さまざまに変化することは当然なのかもしれません。
温暖化の影響も加わってここ数年は暑い夏が続いているように実感しています。しかし、自然には逆らえないとはいえ暑い夏は、ちょっとご勘弁願いたいというのが正直なところ。
梅雨入りした途端に、からりとした猛暑。へんな夏になりそうです。
  
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2006年11月23日

「木の家」に住むことは「森」に住まうこと

■山の木は人が手をかけて育てている
 日本の山の杉や桧の多くは、人の手によって植えられたものです。何代にもわたって育てられてきました。しかし、植えた木が山の人たちに経済的に還元されるのは、伐採し製材されて建物に形を変えるとき。使える木になるまでには30〜50年。あるいは100年近くの長い時間がかかります。

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 今日、植えた木は、子供や孫のため。今日、伐った木はお父さん、あるいはお祖父さんの植えた木。そんな話を木を伐採する山の現場でよく聞きます。伐採した切り株を見て、年輪を数えると、70数本。これはお祖父さんが植え育てた木なのでしょうね。この植え、育て、伐るのサイクルが代々受け継がれて山が維持され、森として自然が守られているのだと思います。産業としては、いちばん時間を必要とするものでしょう。瞬時の判断で大きな取引が行われる今の時代では、林業を産業としてだけ見てはいけないように思います。続きを読む
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2006年01月05日

進む!木の家の可能性

 日本住宅新聞(平成18年1月5日)に掲載された文章が最近実感として捉えている木造の可能性の一端であるので、ここに書きとどめておきます。
 私の記事の前には、住木センターの部長代理の山田誠氏が「ここまでできる木造住宅」という表題で木造の防火性能が現在どのような性能を持ち、法としての位置付けを整理されていています。
 “国産の木で「木の家」を”というのがこの号の大きなテーマで、公の立場の整理と現場の立場での記事が今回の狙いのようです。
 2006_0105_jyuutaku_15続きを読む
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2005年04月27日

昨今の木造住宅の一事情-2005

 今年も昨年に引き続き学生に木造の話をさせてもらう機会を与えられている。木造といっても主に住宅の規模の構法についてを基本にしている。自分の学生のころ(’76〜’80)は、木造のしかも住宅規模の構法や工法については大学では、教えることではなく知っておくこと程度でよいことだったのかもしれない。だから、木造といっても材料の時間に少し触れられる程度、あるいは設計課題で木造住宅のデザイン(架構などはほとんど意識してはいなかったし、外壁にはレンガタイルを張って、大壁造だったかな)をしたぐらいの記憶しかない。建築史では社寺など古建築についての講義があったような・・・。今思えば貴重な時間であったように思うが。それから比べれば、なんていう講義をしているのかと思うぐらいに、前期の前半は木造住宅について、実務者の目で見た視点をベースに話をしてる。研究者でないのできれいに体系だててというわけには行かないのだが、2年生にはちょっと内容(実務の要素が多いために)を理解するには現物の木造を知らなすぎるかもしれない。頭の片隅に、映像を記憶しておいてもらえれば幸いだ。続きを読む
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2004年06月02日

昨今の木造住宅の一事情-2004

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現在、学生に木造の話をする機会を前期の間与えられている。学生数が多く同じ授業を2度行なっている。特に出席表を出してもらうわけではないのだが、みなさんまじめに出席している。試験は行なわず、4課題の提出による評価法をとっているので、極端にいえば課題だけ出しておけばそれなりの点数はつくと思うのだが・・・。
自分はどうだったろうかなどと四半世紀前のことを思い出してみても仕方がない。

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posted by 太郎丸 at 12:51 | 家・建築のことなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする