2016年01月01日

2016年 ご来光 富士山を拝む

また、新たな一年が始まりました。
今年もよろしくお願いいたします。
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 今年の初日の出は、入間金子地区の茶畑で拝みました。
 暖冬とは言っても、日の出前の気温は低く、濃緑色の茶葉の葉も霜で縁が白くなっていました。

日の出時刻は6時50分ごろ。
その少し前に、加治丘陵の桜山展望台で新年のあいさつをする声(たぶん市長さん?)が遠くに聞こえました。
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 この場所からは富士山も拝め、その左側の雪の斜面がうっすらとピンク色に染まりだし、展望台からも「ウオー」と歓声が聞こえてくると、地平線(といっても建物)の縁が徐々に輝きだし、ご来光。

陽の光が暖かいのを実感し、
今年一年の様々を祈念して合掌。
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2015年01月01日

2015年 あけましておめでとうございます

2015年 あけましておめでとうございます
昨年も多くの皆さまにご支援、ご鞭撻いただきました
今年もよろしくお願い申し上げます
元旦    
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 ■2015年元旦ご来光を動画で見る
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2014年08月23日

太平洋戦争の激戦地ぺリリュー島

8/13のNHKスペシャルで放映された「狂気の戦場 ペリリュー 〜“忘れられた島”の記録〜」の映像は衝撃的だった。
戦場そのものの実写。倒れた兵士は二度と起き上がることはない。 

ガダルカナルの敗戦。大本営が玉砕戦法から持久戦へ方向転換したことにより、日米ともに消耗戦の泥沼に滑り込んでいった戦い。
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当初、米軍は日本の守備兵は少なく、数日で島を攻略できるという楽観的な考えであったらしい。それまでの日本の戦法が「ばんざい突撃」、白兵戦による傾向が強かったため、機銃掃射で一方的に相手への消耗が期待できるとの観測であった。
しかし、侵攻した1944/9/15から11/25まで70余日の日数を要すことになる。持久戦のために島を日本軍は要塞化し、関東軍の精鋭部隊も増援されていた。圧倒的に兵力の勝る米国海兵隊+歩兵隊との消耗戦となってしまった。日本の守備隊1万1千人の内ほとんどは戦死し、最後まで戦えたのは34人という惨状と化した。米軍の損耗も師団構成ができないほどの死傷者を出してしまう。
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2014年07月26日

突然、目の前が真っ暗に・・・熱中症?

AM10:30
突然目の前が真っ暗に。
えっ、何が起こったの?

額から汗がタラー。背中にも冷たい汗が。
やっちまったのか? これは・・・まずいなー。

さっきまで何の自覚症状の無かったのに・・・。
確かに、気温は高いし、高温には注意しないといけないなと思ってはいたけれど。

自分で直せるかどうか・・・最近はこういうに自信ないしなー。
とりあえず。
症状で「検索」か。
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2014年06月16日

『削り華』づくり in いるま環境フェア 

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彩の国木の家づくり巡回展も3年目となりますが、今年もいるま環境フェア(6/15)に参加しました。
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私たちの考える木の家を知っていただく事を目的とはしているのですが、その前に「木」を感じていただこうということで、今年は入間でも「削り華づくり」を体験していただきました。
『削り華』とは鉋(かんな)クズを使ってのアートフラワーなのです。
これは昨年、川越エコプロダクツにて川越蔵の会への木の家ネット・埼玉が協力させてもらったことで私たちもその面白さに共感しました。
棟梁には鉋削りをしてもらい、そこから出た鉋クズに一工夫することによって、新たな姿に変身させることを楽しみ、かつインテリアに一花添えられれば楽しいだろうという趣向です。 
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2013年09月09日

「東京」 2020五輪開催地へ

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ロゲ会長の「Tokyo」の宣言で候補地から、開催地へ。
日本の課題は山積している。
けれど、国全体が前向きな目的へ向かっていこうとする体験を今までしたことがあるのかというと、1970年の万博の時の感覚は太陽の塔の印象だけは強く、感覚的にはまだ良くわからなかった。
ワールドカップ2002の時も今回ほどの感覚はなかった。
やっぱり、今回はオリンピックだからなのだろう。

1969年の開会式の空に描いた五つの輪を見たような記憶はなんとなくある。
実際に埼玉から見えたのかどうかは不確かで、何かの映像が記憶となっているのかもしれない。

7年後にはちゃんと記憶に残るように空に描かれた五輪を見たいという希望はまちがいなく感じた。

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2013年05月27日

彩の国木の家づくり巡回展 今年は入間からスタート 6月に再び

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職人がつくる木の家ネットの地域会として埼玉メンバーの有志で、昨年の新年会で埼玉木の家ネット・埼玉を立ち上げようという話に。
平成20年秋に川越で木の家ネットの総会を行なうために全国からやってくる会員受け入れを行なうための実行委員会を立ち上げたのがきっかけとなっています。
幾つかのイベントに参加したりしていた事をもう少し組織だってやってみようということで「木の家ネット・埼玉」となりました。
まずは、自分たちの作っている「木の家」について知ってもらうことから始めようということから、彩の国木の家づくり巡回展となりました。
メンバーの地域を順番にパネルや模型を持ち寄って、巡ぐることを始めようと。万全にすべて準備してというわけにもすぐにはできません。回を重ねながら充実させてということで進行中です。

問題は、どこで展示が行なえるのかという会場探しが最大のポイントでした。実際に見てもらえる場がないことにははじまりません。
そんなとき県からの紹介などもいただき、木材協会主催の「木とのふれあい祭り」や県主催の農業祭の会場などに展示するスペースをお借りできました。また、メンバーが主催のイベント会場の一画を提供してもらい展示スペースとしました。
巡回展として複数回の展示を行なうことができました。昨年は7月から始めて、7回もの開催ができました。
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2012年12月17日

白黒反転のオセロ選挙 2012.12.16

あの夏の選挙(歴史の1ページになる日)の期待感が徐々に薄れ絶望感へと変わってしまっての選挙だったのだろうか。
まるで、オセロのようにパタパタパタと白黒が入れ代わった。地元でも副大臣まで歴任した議員が落選。比例復活も無し。ガチンコだから勝ち負けしかないのだけれど。

戻りたくないけど任せられないし、選択肢がいっぱいあるようだけど政策のうまい組み合わせをどこが提示しているのかよく分からないし、同じテーマが微妙に表現が違うように見えるし、マニュフェストはそのときだけということは分かったけれど、だからマニュフェストという言い方はしないと言うし、選挙看板で初めて見る顔の人がどんな事をやってきた人なのかは分からないし、マスコミは面白い見せ方には一生懸命工夫するだけだし、○×だけで簡単に決められるようなことでないのにそれに合わせてフリップを掲げて言い訳する議員の映像を垂れ流しし続けるし、景気の良くなりそうな見通しはなかなか見えないし、高度経済期に造ってきたインフラの老朽化が加速度的に進んでいくし、大きな自然災害を日常的に気に掛けなければいけない不安な時代に入っているし、誰が当選しても、どの党が政権をとっても何かが変わるという期待感は今回は持てないし、持っても裏切られた感じがあるし、今日は天気も朝から良かったし、ユニクロにでも行って中国産のフリースでも買いに行くか。なんて思って選挙に行かなかった人も多かったのかもしれない。

投票率のポイントが下がってしまえば、固定票を持っているところが有利だし、第三極は互いに票を食い合ったような形になってしまって、極になれるのかどうか?
また、分裂してしまうのか。
期待感を持って投票に行く雰囲気は今回はなかった。この状況はやっぱりまずいよ。

新聞の表情よりは、テレビ映像では勝っても慎重な表情をしていた総裁であることに期待したいが。アンパンマン似の幹事長はニコニコ顔であったけれど。来年は国民をニコニコ顔にしてほしい。
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2012年03月10日

地球温暖化ってどんなものなの?  目的は本当にそこなのか?

「地球温暖化という人類の生存に関わる脅威に対して、世界が立ち向かおうとしています。 2005年2月16日には「京都議定書」が発効し、日本は2008年から2012年の間にCO2などの温室効果ガス排出量を1990年にくらべて6%削減することが義務づけられ、様々な対策を進めてきました。」

これは、チャレンジ25(温暖化防止のための国民運動)の内容を説明した冒頭の文章です。
揚げ足を取るわけではありませんが、「地球温暖化という人類の生存に関わる脅威」がどうやらあるらしいのです。しかも「世界が立ち向かおうとしています」とまで言いきっています。
チャレンジ25(温暖化防止のための国民運動)
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2012年02月11日

こちらの興味を知っているかのようなコマーシャルが・・・

ネットで検索やブログを書いていたりすると、画面上には広告が入っていることが多いですね。しかもその広告が直近で調べていたりした内容に関連するものであったりすることがあります。たまたま、木ネジのことを調べていたのですが、ブログの投稿画面に表示される広告にビスの写真が流れてきて、それがあまりにも唐突であったのでこんなことを書いています。

Amazonからも以前に購入したものに類似するDMが入ってきます。購入は書籍類やOA用品が多いので、関連本や関係する商品などの紹介ですが。
たいへん便利になった分、こちらの志向や動向をチェックする仕組みも平行して進化しているということなのですね。

パソコンが異なれば、Googleなどで同一のキーワードで検索しても、検索結果が異なることもあります。これもIPアドレス単位でチェックされていて、そのパソコン所有者の特性を解析しているということなのでしょう。これがネットビジネスの肝の部分かもしれません。
どこまでログされるのかはわかりませんが、気にしだすとキリがありません。

あなたここ見てたでしょ?なんて突然、変なメールが入ってきてなんてこともあったような、なかったよような。こんな経験ありません?
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2012年02月04日

建築士の定期講習会

設計事務所に勤める建築士は3年に1回は講習会を受講し、考査を受けなければなりません。経験は関係ありません。朝から終日、缶詰状態でテキストに向かっての受講です。90分の講義などは、相当に苦痛でもあります。学生諸君の苦痛を実感しました。(笑)
建築士法の改正による規制でした。平成20年に施行され、今年度末がその猶予期間ぎりぎりでしたので、それまでに受講しなければなりませんでした。この1月に受講しました。

この講習会は、耐震偽装事件の置き土産です。建築士の倫理の確認や技能向上がその目的とされていますが、その内容はいかに。
建築に関する法律は結構ひんぱんに改正されたりもしますからこういった機会に確認できることはそれなりに意義もあります。また、最新技術などを講義テーマにしてもらえるとまぶたが重たくなることも多少は軽減されもします。

3年に一度ぐらいいじゃないかということもあるかもしれません。倫理なくして士業が務まるか、とうことでもあります。講習会をやったからと言って倫理観が高まるというわけでもありませんが、条文の内容やその趣旨の確認はできる。それが今日一日の缶詰の理由かと。

講義が終わると考査です。○×式で40問。講義中に使用したテキストは持ち込み可ですから、落とすための考査ではありません。とはいえ考査ですので間違いが多ければ落とされます。

定期講習は、これを受講し、考査に合格しないと仕事ができませんから、受けないわけにはいかないものです。ここで問題となるのは、「受けないわけにはいかない」なのです。これは建築士法の中の規制です。建築士にとって士法は水戸黄門の印籠と同じですから、これにはむかうことはできません。

規制の実行性を高めるには、チェックの仕組みがセットになります。受講料は受講者が払うわけですが、受け入れ側は、毎年仕事をしている全建築士の1/3が対象者となるため、ここに新たなビジネスモデルが創出できたことになります。概ね人数は把握できるでしょうから、そろばん勘定のしやすいモデルとなっているのではないでしょうか。
たまたま、これは定期講習の義務化という規制ですが、耐震偽装事件が発端となって強制される規制が幾つかできたことは、社会的コストが追加されたということです。

これは建築に関ることですが、他分野でも社会的に大きな事故や事件が起こったときに、再発防止の大儀名分の下に社会的コストが発生していく図式は変わらないと思います。
また、これは事後での対応でしたが、不安を煽ってというとちょっと表現がきついですが、予防原則に立って規制等をつくっていくという仕組みもあります。これは改めて。

こんなことを書いて、ようは講習を受けたいくいのでしょ、ということを言われそうです。ハイ。受けたくありませんと思う今日この頃です。
・・・そういえば、まだ考査の結果が届いていないな〜。

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2012年01月26日

切手

2012_0122_0001.jpgお年玉付年賀はがきの抽選が22日にありました。ここ何年かは当選していても、夏までに交換すればいいやと思い、結局交換しないでということが続いていました。
番号を確認しながら、改めていただいた葉書を読み返したりできるのもよい習慣となっています。ただ、出し忘れに気がついたり、住所の書き間違えで戻ってきてしまったものなど、正月気分も抜けた頭で見ると、気をつけなければと反省もしています。
ちょうど、郵便局に行くこともあって、当選品を受け取りに。当たったといっても下2桁。切手シートを受け取りました。

子供のころは切手収集が流行っていて、受け取った年賀切手も切手用のアルバムに整理したものです。たぶん今も押入れの奥にあるのではないか。
そのころは、記念切手の発売日ともなると朝から郵便局の前に並んでというようなこともありました。人気のシリーズなどは当日に売り切れということもあったように思います。何かの都合で学校が休みの日が発売日であったりすると友達と朝から並んだものです。 大人たちが何枚もシート買いしているのを羨ましげに見て、貯めた小遣いで数枚を買うというような感じでした。

趣味の切手販売の店などもあって、友達とよく覗きに行き、自分の持っている切手がいくらで販売しているのかが気にかかったものです。この前買った50円の記念切手が僅かでも高く販売されているわけです。子供にとって、その価値はとても大きなものでした。
今でも、「見返り美人」や「月と雁」などは高額な値段が付いているようです。

電子メールだけでなく、宅配業者もメール便などを扱うようになって、切手を使う機会がそもそも少なくなりました。日常から切手が離れつつある最近では、かつての高価な切手もよほど希少なものでなければ値が下がっているようです。
今では郵便局で朝から並ぶということもないでしょうね。日本郵便のHPの切手SHOPから購入もできるみたいです。昔ならすぐに売り切れそうな切手も「十分な在庫」となっています。このSHOPで販売が続いている以上、かつての子供が楽しみとしていたことはなくなってしまいましたね。アニメキャラシリーズなど子供たちに向けたデザインも多い感じですが、人気の程はいかがなものでしょう。売り切れなさそうですからシリーズものが集めやすくはなっています。

封書をもらったときに、記念切手が貼られていると、ちょっと嬉しくなります。この切手などはなかなか良いのではないでしょうか。シートから切り離すのがちょっともったいないくらいです。
お年玉の切手は、使うタイミングがなかなかないですね。子供のころの感覚もあり、シートから切り離せないだけなのですが。
いただいた年賀の記念にとっておくことになりそうです。

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2011年12月10日

Facebookをうまく使えない (投稿実験)

事務所に来て、まず最初にパソコンをONにする。
立ち上がると、メールのチェックが日常の行動。
2〜3日おきに「Facebookからのお知らせがあります」のメッセージ。
いろいろな方の投稿情報を閲覧していないことや友達リクエストをいただいていながらそのままにしていることなどもあってのことなのだろう。
日常的にFacebookを見ることをしていないためにこのメッセージがはいってくる。
こちらからも投稿することがほとんどないし、というよりどうやってどこを操作してよいのかいまひとつ良くわかっていないというほうが正しいいのだが。

ブログの方は仕事情報などの発信ツールとして活用しているが、こちらからのブログの発信情報をFacebookに連動できないかと思って、検索してみると、ちゃんとそのような仕組みが用意されていた。
「My Blog Posts」をFacebookの検索窓に入力

1) アプリの許可→「許可する」
2)「Your blog address」→ブログのURLを入力
3)ブログの名称が表示
   →友達は選択せずに「スキップ」をとりあえずクリック

これで、このブログが更新されるとFacebookに投稿されるようなのだが。
はたしていかに。

と思って、自分のページを覗いてみると、このブログの2つの記事はすでに反映されていた。
ただ、なぜ2つなのかはわからない。

(備考)接続の解除は「Remove」をクリック ■続きを読む
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2010年12月29日

実験続きの年末年始

毎年、実験といえば木造耐力壁ジャパンカップへの協力等で秋に数日間、木造の構造実験に関ってきた。木耐JCは実験というよりは競技会だから実験みたいなものと言ったほうがよいかもしれない。
今年の後半はいろいろな実験に関る機会が増えた。
2010_1217_122S.jpg私が参加しているNPOで木造の構造実験を12月に4体行った。試験場は木耐JCでおなじみのものつくり大学。試験の実施は小野准教授。まさに木耐JCの実行委員だ。

実験の目的は、厚板を使った木造床組みの剛性の確認をしようというもの。最近では3〜4cmの厚さの無垢板を2階床に使うことも標準的な仕様としている設計者や大工棟梁も多いのではないか。いわゆる踏み天井と呼ばれるもので、古い町屋などでもよく見られる方法だ。 
  
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2010年11月05日

耐震建築問答」再読

耐震建築問答私家版仕様書の2年間の連載開始の直後に阪神大震災がおきて、木造を構造的に見る傾向が顕著になっていた。多くの古い家屋の倒壊の映像は現実の厳しさを突きつけられた。そのようなときに耐震建築問答を目にする機会があり、著者である田辺平学の古い家屋に対する対応策などはとてもユニークに受け取れた。戦前の著作であるから新しい内容ではないけれど、具体的に例を示しての問答形式の記述は理解しやすいものだった。
最近、再び原本を見る機会がありこの際、これを情報として共有できると良いのではないかと考えブログに掲載をすることにした。

以下は、ブログ「耐震建築問答」再読の説明記事「このブログについて」から



工学博士・田辺平学が昭和8年に著した耐震建築問答は、問答形式で建築の耐震性について平易な表現で語っている。地震や台風の災害で起こっている現象は今も昔も基本的には変わりはない。昭和25年に施行の建築基準法は災害を受けるたびに建築の構造的な弱点を補う形で改正されてきた。木造にあっては、筋交いで固め、面材で固め、金物で補強することで災害への備えとする方策を良として順次強化されてきた。そのスタートの段階に田辺平学もいるのだが、昭和8年のこの著作の段階では、大工技術の技法に対する痛烈な批判がある一方で、地震被害調査の詳細な観察から、少なくとも当時あるいはそれ以前の木造家屋にあっては、地震入力を断絶することで被害を小さできる可能性を示している。

筋交いの研究等を行っていた田辺の考えからすれば、工学的に検証され、固めてしまうことで耐震性を確保することこそを最良と考えていたと思える。しかし、当時の木造住宅は田辺が期待する工学的な配慮がなされたものではないという現状に対しての対応策を提案しているのである。このことは研究者としては、論理だけで推し進めてもまだ社会が対応できる段階に至っていないと考えていたのかもしれない。新築の木造家屋で実際に建物を移動可能にするためのコンクリート基礎の提案をし、写真を掲載ているところを見ると、建物倒壊に対する予防策としての可能性は見出していたのだろう。
単純に言ってしまえば、この段階では、工学的に固めれば地震に耐えることが可能であるという視点と、工学的に固めているとは言えない当時の造り方であるならば地震力をかわす方策もまた被害程度を小さくできる可能性があると見ていたようだ。この選択肢を用意していたことは、現実的に実効性を高かいものにしたいという意気込みであったのだろう。
戦後、木造に対する否定的な姿勢を示していたとされる田辺の印象からは、この著作の段階では客観的な目線で提案しているように感じる。

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2010年01月23日

25年ぶりの法隆寺

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昨年の秋、25年ぶりに法隆寺を訪ねた。1984年の春に20日間程度の西日本ひとり旅したときに、ここもその目的の一つだった。ようやく「木造」に目覚めかけていたころのこと。

当時も勤め先で木造住宅の設計はしていたけれど、「木造」ということに対する自らの問題意識は希薄で、RC造でもS造でも木造でも構造として並列にしか考えていなかったように思える。 ■続きを読む
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2009年11月25日

連合艦隊解散の辞

いよいよ、司馬遼太郎の「坂の上の雲」のドラマが始まりますが、このドラマが始まる前にどうしても見ておきたいものがあって、横須賀で記念館になっている戦艦三笠を訪れました。航空際でも戦闘機を見てわくわくするように、戦艦を見ても似たような感じです。戦艦といっても三笠は公園の一角に固定されているので、本物とはちょっと違う状態ではありますが。ちょうど、有料道路から市内に降りる直前の左側が軍港で米海軍のイージス艦(?)と潜水艦がちらっと見えました。これは、まさに本物。

連合艦隊解散の辞

ここに来たかった最大の目的は「連合艦隊解散の辞」の実物を見てみたいとかねがね考えていたからです。東郷平八郎の直筆とあります。
日本海海戦は海戦史上例のない完全勝利でありながら、戦役後には軍人としておごることなくひたすら自らの責務を全うするために行うべき平時の行動の重要性がその実践を踏まえて書き記されています。起草は秋山真之と言われています。
当時の米大統領のS.ルーズベルトは、この内容に感銘を受け、米海軍士官に翻訳文を配ったそうです。
  
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2009年09月02日

歴史の1ページになる日

2009年の8月30日(日)は歴史の1ページとして記録される日となりました。
 平成21年8月31日朝刊
 朝日新聞朝刊(平成21年8月31日) ※拡大します
「民主党の政権政策マニフェスト」を見る [追記] 
2010年6月2日 鳩山首相退陣表明  [2010.09.29追記]

1999年(H21) http://ja.wikipedia.org/wiki/1999%E5%B9%B4
1989年(S64/H01) http://ja.wikipedia.org/wiki/1989%E5%B9%B4
1979年(S54) http://ja.wikipedia.org/wiki/1979%E5%B9%B4
1969年(S44) http://ja.wikipedia.org/wiki/1969%E5%B9%B4
1959年(S34) http://ja.wikipedia.org/wiki/1959%E5%B9%B4
1949年(S24) http://ja.wikipedia.org/wiki/1949%E5%B9%B4
1939年(S14) http://ja.wikipedia.org/wiki/1939%E5%B9%B4
1929年(S04) http://ja.wikipedia.org/wiki/1929%E5%B9%B4
1919年(T08) http://ja.wikipedia.org/wiki/1919%E5%B9%B4
1909年(M42) http://ja.wikipedia.org/wiki/1909%E5%B9%B4

ウィキペディア(Wikipedia)で10年刻みに100年分をリンクしてみました。
10年一昔と言いますが、単純に10年で並べてみても関連ある事柄が潜んでいるようにも見えます。もちろん、前後の9年間が連綿とつながっていての結果ですが。

「20世紀少年」という映画がちょうど上映されていますが、主人公と同世代のものとしては、1969年の記憶は鮮明に残っています。白黒テレビで不鮮明な映像を見て、西山千さんの同時通訳と「ピー」という音が何なのかよく分からないで聞いていたことや翌年の万博の特集記事などがマガジンやサンデーに載っていた時代でした。林間学校の帰りのバスの中で三沢高校の再試合の中継をドキドキしながら聞いて、一人で投げぬいた太田投手に感動しましたね。
この年の暮れにあった総選挙の初当選の何人かの人達が、今回の選挙の中心にいるも面白い。

 ■各年の主なできごと
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2009年07月24日

村田蔵六

村田蔵六 先日、九段下まで出かける機会がありました。靖国神社のすぐ近くが目的の会場であったので、参道を通って行くことに。
大きな鳥居の向こう側中央には銅像が建っています。日本の軍制の基礎を築いた大村益次郎で、司馬遼太郎の小説「花神」の主人公になった人です。
村田蔵六は、現在の山口市の村医の子として生まれた彼の元の名です。偉くなって名が変わったわけです。小説の中の主人公像からすると、名という記号が変わった程度にしか感じなかった人で、社会の構造変化が激しい時代の中で、自分の名も化学反応として変わったぐらいにしか思っていなかったと思います。
  
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2009年07月11日

専攻建築士という建築士

士業たるもの日々学習し、鍛錬し質の高い建築創造を行うことを推し進めることがその職能です。その学習の場提供が(社)建築士会連合会でCPD制度として用意されています。この制度、Continuing Professional Developmentは専門職のための継続的な技術向上を図るプログラムで、医師の団体などではいち早く取り入れられていたものです。
建築士も全国で100万人以上もいるそうですが、技術の進歩や社会情勢の変化、身近なまちづくりへの関わりなどその職能の領域は多様で多岐にわたっています。建築士というくくりだけでは、さらに深まる専門性への対応は難しく、その必要性からもこういった制度が求められてきたのでしょう。

CPD制度は学習に応じた単位を認定し、一定以上の単位取得に対して分野別に専攻建築士という認定する制度も用意されています。下世話な表現で言うと、人は目の前にニンジンをぶら下げられると、行動の動機付けになる、ということではないでしょうか。ただ、ニンジンを食べるのは本人ですから、首を伸ばすだけなのか、ニンジンを探すのか、ニンジンを植えるのかなどは、日々すべて自主的に、能動的に動くことがその基本で重要なところでしょう。
  
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posted by 太郎丸 at 10:49 | Comment(0) | MJK463ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする