2014年08月23日

太平洋戦争の激戦地ぺリリュー島

8/13のNHKスペシャルで放映された「狂気の戦場 ペリリュー 〜“忘れられた島”の記録〜」の映像は衝撃的だった。
戦場そのものの実写。倒れた兵士は二度と起き上がることはない。 

ガダルカナルの敗戦。大本営が玉砕戦法から持久戦へ方向転換したことにより、日米ともに消耗戦の泥沼に滑り込んでいった戦い。
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当初、米軍は日本の守備兵は少なく、数日で島を攻略できるという楽観的な考えであったらしい。それまでの日本の戦法が「ばんざい突撃」、白兵戦による傾向が強かったため、機銃掃射で一方的に相手への消耗が期待できるとの観測であった。
しかし、侵攻した1944/9/15から11/25まで70余日の日数を要すことになる。持久戦のために島を日本軍は要塞化し、関東軍の精鋭部隊も増援されていた。圧倒的に兵力の勝る米国海兵隊+歩兵隊との消耗戦となってしまった。日本の守備隊1万1千人の内ほとんどは戦死し、最後まで戦えたのは34人という惨状と化した。米軍の損耗も師団構成ができないほどの死傷者を出してしまう。

米軍にとってはフィリピン奪還のための要地として、飛行場を持つペリリュー島(パラオ諸島)の奪取に戦略上の意味があった。同様に侵攻した他の要地モロタイ島(モルッカ諸島)の戦線では、日本の守備力が手薄であったこともあり、10月上旬には島を制圧していた。10/20にマッカーサーがフィリピンの地を踏むことにつながっている。
すでにこの段階で、ペリリュー島を奪う戦略的価値は無くなってしまった。しかし、米軍部の内部の駆け引きによって、1ヶ月以上も兵士の命が消耗されていくことになる。上層の軍人個人あるいはその所属する組織の利害や意地によって、前線の消耗が強いられてしまうというのは、いつの時代も変わらぬ構図なのか。

日本軍とすれば、戦術上の持久戦の効果を実証できたことになり、硫黄島の戦い、沖縄戦へと更に厳しい戦いへと続いて行く。
ちょうど、終戦記念日の8/15に、日テレで金曜ロードSHOW!「硫黄島からの手紙」を放送。
その裏番組、フジテレビで終戦記念スペシャルドラマ「命ある限り戦え、そして生き抜くんだ」を放送。こちらはまさにペリリュー島の戦いの日本側の指揮官である第十四師団歩兵第二連隊長・中川州男大佐を主人公としたドラマ。
コチラを録画して、「硫黄島から・・・」の後で見た。関連性のつよいテーマの物を裏表でよく放送したものだと思いつつ。
史実が厳しすぎるため、ドラマの感想は・・・横に置いておく。

実は、すぐ後にアメリカのテレビドラマ「THE PACIFIC」10話を一気に見た。この話は複数の原作者の体験を下に、ガダルカナル、ぺリリュー、沖縄の戦いがその場に居た兵士の目線で描かれている。
特に、ぺリリューの戦いは3話で構成され物語の中でも重きをなしている。
戦争というもの、その前線は「生」と「死」の二者択一だけで展開していく。しかもそれを自分では選択できない。しかも「生」はまさに運であるとか、偶然であるとかで必然的に手に入れることはできない。
理性でものを考える余裕などなく、「怒」「残忍」「恨」「恐怖」など感情のみの極限状態に長時間にわたって置かれていく。最後は「狂」の状態で生き残れたかどうかだけ。

Nスペを見てその背景を知り、このドラマを見たこともあり、その映像のリアルさが戦いの凄惨さを画面の外にまで訴えかけてくる。
これは、アメリカ側から見たもので、結果としての戦いの勝ち負けはあるけれど、兵士にとっては最後は生き残これたかどうかでしかない。エピソード映像に登場するその戦いを生き延びた80歳を超える元海兵隊員たちも今だから言えること、今でも言えないことがあるだろう。それも自身で選択できる状況にはなかったこと。だから、「生」こそがすべてなのだが伝わってくる。

それにしても「THE PACIFIC」の映像は見ごたえがある。この内容がテレビドラマの水準なのか。製作総指揮にトム・ハンクス、スティーヴン・スピルバーグなど。制作費200億円。これだけですごい。
posted by 太郎丸 at 05:11 | Comment(0) | MJK463ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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