2005年06月26日

小諸へ

 小諸市建築士会という団体がある。一般には、各県に建築士会がありその支部組織がその県内の地域を単位に活動しているという構図だろう。小諸であれば長野建築士会の佐久支部がその活動エリアとして存在している。あえて、小諸市建築士会という組織が結成されているにはその訳とするものがあったのだろうと思われるが、信州人の気質によるものなのかどうかなどはよく分からない。ただ、組織としてこのように独自性をもった活動はたいへんめずらしいことではないだろうか。月1回の例会は欠かさず行なわれているという。
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 その小諸市建築士会が創立30周年を迎え、その式典後に木の家の話をしてほしいということで6月25日に小諸に向かった。小諸は懐古園や島崎藤村、画家・小山敬三など文化漂う雰囲気を持つまちとして信州でも有名なところ。懐古園には小学校の時に一度訪れたことがあるが、三の門の記憶ぐらいしかなかった。
 式典には市長をはじめ、地方事務所の建築課長や消防所長など市内関連団体の長も来賓として参加するという場で、ちょっと当初思っていたイメージとことなり戸惑いを持った。こういった場で、普段の持論を展開しても良いものかどうか・・・。整然と式次第にのっとり式典は終了。休憩を挟んで木の家の話をする。

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△下平会長                      △木の家の話をする


 「伝統構法による家づくり」がテーマではあるが、木造住宅私家版仕様書で我々が考える木組みの家づくりについて、社会の状況や事例をまじえながら話をさせていただく。実務の方たちばかり、しかも自分より実績の多く積まれた方の前であったこともあり、だいぶ緊張した感じ。
 社寺と古民家では造り様はだいぶ異なり、伝統構法といっても実際のところはその定義はあいまいな状態で、現状ではことばだけが独り歩きしているようにも思われる。石場立てでなければ伝統構法でないという意見もあれば、継手仕口に金物を使っていなければ良い程度の考えもあったりしている。いろいろ混沌とした状態が今であるのかもしれない。厳密に定義をするよりは、なんとなくファジーな状態の方がこういったことは望ましいと考えるくらいにしておくのがよい。
 大工棟梁の技術と技能を生かす、木の性質を見極めて使う、というぐらいのところは合意点として認識を共有できるのではないだろうか。そして、その目的とするところは長寿命の木の家をつくることで良しとする、と考えることが大切なところではないだろうか。
 講演ではあまり技術的な話にまではならなかったが、木組みや土壁などについての考え方は参考にしていただけたようで恐縮している。しかし、我々からすると長野は民家の宝庫で、周りにはいくらでも参照できる教材がゴロゴロしていて、むしろうらやましい限りだ。

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 翌日は、午前中に市内を見て回る。本陣跡、懐古園など徒歩で回っても十分に興味深い建物がある。前の時代の人々が守ってきたもの、それを少しでも受け継いでいこうという人がいるという感じがした。


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 藤村記念館は谷口吉郎の設計によるが、切妻の端正な立面であるが内部は真壁にして欲しかったと、今の目からは感じたところ。小山敬三美術館は村野藤吾の設計により小作品ながら敷地の傾斜を生かし、ゆるやかな曲面で構成された心地よい建築。
もちろん昼食は信州蕎麦。

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 布引観音は懸け造りで有名で、ぜひ見たいと思い予定していた。
下の案内板には徒歩20分と書かれていたが・・・。息を切らせて足場の悪い石段を登りきって振り返り、朱塗りのお堂が見えたときには、登ってきて良かったと思う。(途中でちょっと行くか帰ろか・・・)
 信仰の深さとはいえ、こういった地にこのように建設するだけでも、まさにプロジェクトX以上であることが想像できる。崖にへばりつくように一体となった姿は思わず手を合わせたくなる。
 インターの料金所でもらった観光案内にはここから北に海野宿という名が見える。ここまで来たら見に行きたい。
[2005.06.25-26]

posted by 太郎丸 at 19:30| Comment(0) | MJK463ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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