2011年06月19日

第7章 原子力に未来はない

この記事のタイトルは京都大学原子炉実験所助教の小出裕章先生の近著「原発のウソ」の最終章のタイトル。
福島の原発事故があってから、ネットメディア上で小出さんの発言はよく聞いていた。
長年の研究者としての原子力に対して表明していることが信頼できるからだ。

原子力を未来の明るい象徴として認識されていた(認識したかった)時代に原子力を専攻した小出さんは、その矛盾に気付き原子力の推進とは180度逆の立場を取り続けて発言され続けてきた。

原発事故直後から現場の状況を僅かな公表情報から想定した小出さんの発言は、東電あるいは保安員の発表より常に深刻で、最悪な事態となった場合の予測は、結果として正しかったということになってしまった。
ということは、直接の当事者は実際の状況に対する対応ができていなかったということにもなってしまう。事故の収束に関しての見込みも、周辺地域の被曝の判断や対応についても適切であるとは理解できない。

日本の原子力の研究は、戦後米国などからは遅れをとっており、現状でも借り物の技術しか持ち得ていないという日本の状況を今回の対応で国民に知らしめてしまった。その技術的な解説は、昨年の12月に出版の「隠される原子力 核の真実」などでも知ることができる。
 
原子炉は止めても冷やし続けなければいけないということを今回の事故で初めて知ったし、当初の自衛隊ヘリでの海水散布の映像を見たときには、何も分からない素人でもこういった方法で本当に大丈夫なのだろうかと不安を持った。隊員の危険度と実質的な効果のバランスはまったく欠いていただろう。切羽詰った感が漂っていた。

今だ、原子炉は安定していないし、東電の工程表の実現を望みたいのだけれど・・・。
被曝のことを考えると、現況は猛烈に危険な状況であるのに基準を押し上げて我慢を強いていることでは何の解決にもならない。なのに、そういった危険状態でも恒常化してしまっているためなのか、テレビでも徐々に取り上げられる時間が減ってしまっている。


先日の放送を今朝のNHKのアーカイブスの番組でも放映していたが、「3.11の前にもどしてほしい」というような発言をしていた原子力安全委員会の委員長は、まことに素直な人なのだろう。こういった状況になってしまったときに、たまたま自分がその任にあったことの不運を呪っているかのようだ。まさに本心なのだろうけれど、あなたがそんなこと言ってたら元も子もないのではないだろうか。危機的対応には不向きな方であったということは理解できるけれど。それを言っちゃおしまいよ。
初動の対応なども今後検証されるだろう。今朝の新聞にも11日からの東電の対応が時系列で記されている。それこそ今さら検証したところで今回のことは元には戻せない。科学者としての客観的な正しい判断を示してもらいたいし、今からでも正し対応ということがあることを期待はしたいのだけれど。

原子力安全委員会ホームぺージには、委員会の会議の議事録が掲載されている。第16回の臨時会議が11日の16時から開催されているけれど5分で終了。ただの挨拶だけで終わってしまう時間だ。えっ、地震発生当日の臨時の会議でしょう?
同様に第17回(14日)、第18回(17日)も5分で終了。すでに、水素爆発は起きてしまったし、放射性物質は飛散している。安全委員会の役割って何なのだろう?
3月23日に始めての記者会見が開かれた。ただ、この会見はSPEEDIについての仕様の説明会みたいなもので、事故についての見通しなどにはほとんど触れられていない。皆さんも事故の直接の当事者ではないのですか? この会見をネットで見たのだが、委員会の役割っていったい何なのかと疑問に思ったものだ。

今の非常事態は何とか切り抜けてほしいし、その技術がより安全性を高めるための試練となれればとも、技術屋としては思うところも無いわけではないのだけれど、原子力は技術だけの問題でないことが複雑にからんでいて、究理ではなく究利の要素があまりにも大きすぎるようだ。
「原子力に未来はない」と考えることが理にかなっていることだと今回のことから学べなければ、「日本に未来はない」となりかねない。ドイツやイタリアのように選択枝はないという政治的な決断を示すことに、未来の可能性を託したい。

 
posted by 太郎丸 at 15:54 | Comment(0) | 3.11以降のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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