2010年11月05日

耐震建築問答」再読

耐震建築問答私家版仕様書の2年間の連載開始の直後に阪神大震災がおきて、木造を構造的に見る傾向が顕著になっていた。多くの古い家屋の倒壊の映像は現実の厳しさを突きつけられた。そのようなときに耐震建築問答を目にする機会があり、著者である田辺平学の古い家屋に対する対応策などはとてもユニークに受け取れた。戦前の著作であるから新しい内容ではないけれど、具体的に例を示しての問答形式の記述は理解しやすいものだった。
最近、再び原本を見る機会がありこの際、これを情報として共有できると良いのではないかと考えブログに掲載をすることにした。

以下は、ブログ「耐震建築問答」再読の説明記事「このブログについて」から



工学博士・田辺平学が昭和8年に著した耐震建築問答は、問答形式で建築の耐震性について平易な表現で語っている。地震や台風の災害で起こっている現象は今も昔も基本的には変わりはない。昭和25年に施行の建築基準法は災害を受けるたびに建築の構造的な弱点を補う形で改正されてきた。木造にあっては、筋交いで固め、面材で固め、金物で補強することで災害への備えとする方策を良として順次強化されてきた。そのスタートの段階に田辺平学もいるのだが、昭和8年のこの著作の段階では、大工技術の技法に対する痛烈な批判がある一方で、地震被害調査の詳細な観察から、少なくとも当時あるいはそれ以前の木造家屋にあっては、地震入力を断絶することで被害を小さできる可能性を示している。

筋交いの研究等を行っていた田辺の考えからすれば、工学的に検証され、固めてしまうことで耐震性を確保することこそを最良と考えていたと思える。しかし、当時の木造住宅は田辺が期待する工学的な配慮がなされたものではないという現状に対しての対応策を提案しているのである。このことは研究者としては、論理だけで推し進めてもまだ社会が対応できる段階に至っていないと考えていたのかもしれない。新築の木造家屋で実際に建物を移動可能にするためのコンクリート基礎の提案をし、写真を掲載ているところを見ると、建物倒壊に対する予防策としての可能性は見出していたのだろう。
単純に言ってしまえば、この段階では、工学的に固めれば地震に耐えることが可能であるという視点と、工学的に固めているとは言えない当時の造り方であるならば地震力をかわす方策もまた被害程度を小さくできる可能性があると見ていたようだ。この選択肢を用意していたことは、現実的に実効性を高かいものにしたいという意気込みであったのだろう。
戦後、木造に対する否定的な姿勢を示していたとされる田辺の印象からは、この著作の段階では客観的な目線で提案しているように感じる。

残念ながら現代にあっては、固めるという前者の考え方を基本として建築基準法は法整備がなされている。そのため、問題となるのは後者の考えによる木造家屋への対応策の道があやふやである点だ。築100年前後の住宅は後者の視点で考えられるものばかりと見たほうがよいだろうし、その造り方で新築したとしても田辺が考えた理屈でいけば対応の可能性は見出せるのではないか。可能性のある選択肢はちゃんと用意されていたほうが技術の仕組みとしては健全であったはずだ。
築100年だからといって、必ずしも伝統構法で建てられたものばかりとは言えないが、少なくとも受け継がれてきた大工棟梁たちの技術(田辺は評価しなかったが)により出来上がており、今に住み継がれている家屋は多い。それらが日本の町並を形成して地域の資産や文化の根っ子にもなっている。

建築基準法が整備され、強化されていくことによって、かつての木造住宅やそれらによる町並みに比肩できるものがはたしてどの程度実現できているのだろうか。
敗戦後に社会構造が一変してしまったが、それは古きものとの決別からのスタートであったのだろう。極端に言ってしまうと、その当時、建築技術は過去から学ぶものではなく、当時のエリートたちの考える新しいものにより組み立てられ、その考えが最良であるとして推し進められてきたと推測できる。敗戦による自信の喪失の反動であったのかもしれない。また、廃墟からの復興はそれを実験するにはまたとない機会であったとも言えるだろう。

田辺は地震被害の家屋に対して実地に調査、観察を行い、そこから当時の木造に対する答え、これからの木造への考えを示した。現在、伝統構法の見直し作業が行われているが、ここで言う伝統構法はすくなくとも昭和8年よりもっと以前に建設されたものが対象となるはずだ。大正、明治あるいはそれ以前の構法になる。それらの建物は、田辺に言わせれば、工学的でない建物になるのだが、地震に対する対応策をちゃんと提示している。

いま住宅の寿命が30年程度と言われている。ということは、現代の「固める」考えの建物が使用不可になっているものが実態としては多いということになる。必ずしも耐久性や耐震性のために寿命が短いというこだとは言い切れないが、数字の上からは、基準法以降の建物の寿命はけっして長くないと言われてもしかたがない。
だから、センチュリーハウジングなどという政策があったし、昨今では200年住宅などということが叫ばれるようになっているわけなのだが。

200年住宅とは言わないほうがよいらしい。200年持つのか?と問われるからだ。
200年住宅は福田元首相が首相になる前に自民党内で検討していた政策提言だ。それが長期優良住宅として国の政策となり推進されている。住宅需要喚起の意味合いの方が大きいのだが、ここには複数の要求条件が用意されている。耐震性に関しては、建築基準法考えが変わることはないため、その基準の何割増しでより固める方向性が示されている。そうなると、残念ながら現存する築100年以上の住宅は、この基準をクリアできるものはまずない。長い時間住み継がれてきた家屋が長期優良住宅とはならないという矛盾をどのように解いていけるのだろうか。なかなか難しい課題を背負い込んでいる。

1+1=2であることは間違いないのだが、総合的な見地からは、それを1.5と読むか、あるいは2.1と読むのかは知恵の領域だ。
そもそも、数の世界と違って、建築の場合には1+1=2という前提がそもそも仮定の積み重ねである以上は総合的に見極めることが必要なはずだ。知識で解決できることではなく、知恵を使うことが求められている。

耐震建築問答を読み返してみると、気にかかるあるいは気に障る記述もあるけれど、このときの田辺は知恵を具体的に示していて、現代にあっても共有できる視点を提示している。
「耐震建築問答」を読み返してみると、これからの木造を考えるときのヒントがあるように思える。情報を共有する方法として、このブログを活用いただければ幸いでです。問答は順次掲載の予定です。

原本の「V.木造」に関する部分を抜粋し、スキャニング画像を各問答ごとに編集し掲載している。分厚い原本には紙焼けやシミ、汚れがあるため、歪みや鮮明でない部分があることはご容赦いただきたい。
なお、すでに出版から50年以上も経過し、著作権に関することは出版社に問い合わせし確認している。

太郎丸(木住研・宮越)
posted by 太郎丸 at 18:00 | Comment(0) | MJK463ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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