2009年05月29日

住宅瑕疵担保履行法施行 「待ったなし!」なのですが・・・

 窮屈な時代に突入。そんな感じです。
 表題の住宅瑕疵担保履行法は新築住宅で築後10年間の瑕疵に対する施工者の責任を担保するためのもので、施工者が加入する強制保険の制度です。平成21年10月1日から施行されます。といっても、10月1日に以降に入居する場合が対象ですから、現在工事中の住宅は対象となる可能性があります。

 法律の趣旨はけして悪いわけではありませんが、そもそも作り手を信用しない、あるいは信用できないというところからスタートしてできた制度ですので、少なくとも、まっとうに仕事をしてきたものにとっては、「はい、そうですか。おおせの通りに」というわけにも行かないのです。 保険の対象は雨漏りと基礎(地盤)の構造が中心となりますが、何年にも渡り仕事をしている工務店であれば、そういった問題はほとんどないはずですし、台風時に雨漏り等があれば修繕等の対応はしているはずです。それが施主と施工者の信頼関係と考えているわけです。この保険では台風時の雨漏りは免責となりますので、保険金は下りません。つまり、台風のときの漏るのは不測の事態でしかたありませんと言っていることになります。台風時以外の雨漏りであれば、保険で修繕費が施工者に下ります。でも、台風時以外で雨漏りするようなことでは困ります。だから、それが瑕疵ということでもあるのですが。

 きっかけは、社会問題となった耐震偽装事件により、多くの住まい手が被害者となったことによります。販売業者が倒産してしまったために、住民が2重にローンを組む等でしか対応できない状況に陥ってしまったため、こういった状況を二度と起すことのないように消費者保護のための仕組みという説明です。少なくとも、その時期にも任意で瑕疵担保の保険がありましたので、販売業者がこれに入っていれば、被害者の負担は相当に軽減されたはずであることは間違いありません。

 感情として、まっとうな作り手としては、「俺をそいつらといっしょにするのか」「俺を偽装建築士と一緒にするのかよ」と思うのです。少なくとも、施主とは顔の見える関係をつくって仕事をさせてもらっている場合と売り買いの場合では両者の関係が異なるはずで、社会の仕組みとしても、何か問題が起きたら即規制という手段でしか答えを出せないことは、いささか困ったものと思うのです。顔の見える相対の仕事であれば、施主も施工者も基本的には対等な関係であることが社会としては成熟していると考えたほうがよいと思うのですが。

 今回の法施行は、顔の見える関係にあっても、問答無用の強制ですので、やはり仕組みとしてはおかしいと思いたい。保険を使うか使わないかは、ちゃんと仕組みを説明した上で決めればよいことで、その方が健全なはずです。そして、任意であっても、いざというときの保険と思えば工務店には入ってもらいましょうと言う方が健全であるはずです。

 今回、保険法人の設計施工基準を詳しく調べる機会がありましたが、その技術的内容はいろいろ解釈があるようですが、現場にとっては大きな問題となる部分があるようには思えませんでした。(*1)保険法人としては過去の事故事例等による経験から、もっともリスクとなることを回避する内容を中心に整理しているとのことです。世の中には多様な仕様がさまざまありますが、一般的に施工されていて問題がない仕様については理解していく方向性は持っているようです。ただ、50年、100年で家づくりを考えているものにとって10年間の保険となるとそんな期間でよいのかとも思うのです。

 工務店にとっては工事費全体から見れば、わずかな掛け金でいざというときの保証は、施主に対する安心感にもつながるので、けして中身が悪い制度とは言えません。今のご時世10年間会社を維持できるのかと言われると、自信をもって大丈夫と言い切れないことの方が正直でしょう。そのことは理解していても、もとの理念が人を信用しないところからスタートしていることがこの制度の根本的な欠点と考えることの方を健全と考えたいわけです。たまたま、設計を生業とし自らにも関係することなので仕組みのおかしさがとても気になっているのですが、どんどん窮屈な社会に向かっているよう思います。建築に関することのみならず、他の分野でも同様のことが進行しているように思えてなりません。今の社会の閉塞感もそのようなことの積み重ねが遠因にあるのかもしれません。

 ちなみに、現在、年間約100万戸の住宅が供給されています。この制度によって、供託以外は強制ですから、ほぼ100万戸分まるまるが対象になり、任意のときとは桁違いの戸数が対象になります。仮に1棟10万円の審査・保険料とすると、巨大な1000億ビジネスが一気に出現したことになります。保険法人もリスクをとっているわけですから、いずれ基準を強化する方向へ向かうことになるかもしれません。基準強化が建築の自由度を拘束することのないようにだけは願いたいものです。このコストは最終的には消費者が支払うことになるものです。
どんどう窮屈になっていく状況で必要な社会コストと考えないといけないということなのでしょうか。10月に近づくころにいろいろと顕在化してくる問題が出てくるのか、そのままスルーしてしまうのか・・・。
学校を卒業して設計事務所に勤めたころと比べると、よい方向に向かっていることもあり、すべてとは言いませんが、あきらかに建築は窮屈になってきています。イメージとして、校則を厳しくして服装や髪型を一律に型にはめていくようなことと同じような状況に陥っているように思えます。
「やっぱりおかしいよ。今の日本!」とここでは言っておきます。

(*1)外壁真壁に対する考え方が、現段階でまだ不確定な要素となっています。内部に雨水が浸入しやすい構法上のもともとの納まりであるため無責にて対応するという案もあるようですが、今でも全国で真壁造の建物は多く、日本の建築技術としても周辺の構成要素を含めてその優位性があり、単純に無責という評価でよいのかの議論は不十分な状態です。

※参考HP これからの木造住宅を考える連絡会での第2回勉強会(2009/05/16)の記録
posted by 太郎丸 at 12:35 | Comment(0) | MJK463ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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