2014年08月31日

「戦後日本住宅伝説−挑発する家・内省する家」展(埼玉県立近代美術館)

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ちょうど、学生時代に読んだ建築雑誌に掲載されていた「住宅」も含まれている表記の展覧会が埼玉県立近代美術館で開催されていた。16人の建築家の16の住宅作品。最終日の前日の昨日、見に行ってきた。

一番最初が、1953年の丹下健三の「住居」。これは自邸で1階はピロティ、2階が居住スペース。ちょうど同年には広島平和記念館も竣工している。コルビジェのテーゼを具現化していた時代だ。日本的なる造形表現としても見事な作品。年代の最後が、1976年の「住吉の長屋」で、今をときめく安藤先生の代表作。

その時代を代表する住宅作品で、好き嫌いで言えば、宮脇ファンであった私としては松川ボックスは好きな住宅。ボックスシリーズのコンクリート躯体と木造のシステムの使い分けはとても興味深かい。納まりの細部にまで工夫が凝らされていて、宮脇さんの図面集は今でもたまに参照する。 
改めて、これらの住宅をまとめてみて見ると、とても自由に表現しようとしているし、それぞれの主張を鮮明に表出している。それらを生み出すためには、施主も含め、様々なことに対して格闘していたことだと思うのだけれど、一方で建築を「楽しく」していたように思える。右肩上がりの時代背景でもあったということもあるのだろうか。
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posted by 太郎丸 at 20:21 | Comment(0) | 家・建築のことなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月25日

台風接近・・・大平建築塾第2期ファイナル

 台風11号が迫った週末、大平建築塾実行委員会では、8/9(土)から開催を予定していた大平建築塾の実施が可能かどうかの判断に迫られていた。
特に今回は、第2期10回目で一区切りをつける重要な回と位置付けていた建築塾であり、飯田市で最大のイベントである人形フェスタの1会場を大平の紙屋で計画してきた私たちとしては、何とか実施したいというたいへん強い思いもあった。
気象庁のHPでの台風の予報円、雲の動きなど、長野県付近での状況は微妙な状況にも見える。飯田市とも連絡を取りながら、情報収集を行なう。飯田市への影響は30%程度という市からの情報を得て決行の判断となった。
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ss-2014_0809_0019.jpg飯田市内から大平宿までは、20ミリ/hの降雨量があると閉鎖されてしまう峠道。上がれても下りられるのかという不安もあった。初日、3日目は何とかなるだろうが、2日目への雨の影響は台風が遠くにあるからといても懸念されていた。 
結果としては、案ずるよりも生むが易し。
無事に当初のプログラムはほぼ予定通りに進めることができた。毎回このような場合に決行するということではないが、今回は「良し」ということで安堵した。
関西方面からの参加予定者でのキャンセルが数名あったが、3日間で66名の参加者を得る。
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posted by 太郎丸 at 09:46 | Comment(0) | 大平建築塾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月23日

太平洋戦争の激戦地ぺリリュー島

8/13のNHKスペシャルで放映された「狂気の戦場 ペリリュー 〜“忘れられた島”の記録〜」の映像は衝撃的だった。
戦場そのものの実写。倒れた兵士は二度と起き上がることはない。 

ガダルカナルの敗戦。大本営が玉砕戦法から持久戦へ方向転換したことにより、日米ともに消耗戦の泥沼に滑り込んでいった戦い。
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当初、米軍は日本の守備兵は少なく、数日で島を攻略できるという楽観的な考えであったらしい。それまでの日本の戦法が「ばんざい突撃」、白兵戦による傾向が強かったため、機銃掃射で一方的に相手への消耗が期待できるとの観測であった。
しかし、侵攻した1944/9/15から11/25まで70余日の日数を要すことになる。持久戦のために島を日本軍は要塞化し、関東軍の精鋭部隊も増援されていた。圧倒的に兵力の勝る米国海兵隊+歩兵隊との消耗戦となってしまった。日本の守備隊1万1千人の内ほとんどは戦死し、最後まで戦えたのは34人という惨状と化した。米軍の損耗も師団構成ができないほどの死傷者を出してしまう。
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posted by 太郎丸 at 05:11 | Comment(0) | MJK463ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする