2005年04月27日

昨今の木造住宅の一事情-2005

 今年も昨年に引き続き学生に木造の話をさせてもらう機会を与えられている。木造といっても主に住宅の規模の構法についてを基本にしている。自分の学生のころ(’76〜’80)は、木造のしかも住宅規模の構法や工法については大学では、教えることではなく知っておくこと程度でよいことだったのかもしれない。だから、木造といっても材料の時間に少し触れられる程度、あるいは設計課題で木造住宅のデザイン(架構などはほとんど意識してはいなかったし、外壁にはレンガタイルを張って、大壁造だったかな)をしたぐらいの記憶しかない。建築史では社寺など古建築についての講義があったような・・・。今思えば貴重な時間であったように思うが。それから比べれば、なんていう講義をしているのかと思うぐらいに、前期の前半は木造住宅について、実務者の目で見た視点をベースに話をしてる。研究者でないのできれいに体系だててというわけには行かないのだが、2年生にはちょっと内容(実務の要素が多いために)を理解するには現物の木造を知らなすぎるかもしれない。頭の片隅に、映像を記憶しておいてもらえれば幸いだ。続きを読む
posted by 太郎丸 at 16:40| Comment(0) | 家のことなど

2005年04月08日

木組みゼミ2005

 昨年に引き続き今年も木組みゼミが開校となった。
 建築知識に連載した木造住宅私家版仕様書も、阪神大震災の直前からの執筆であったからちょうど10年前になる。2年間の連載のあとにムック化し、「架構編」として現在も書店に並べてもらえるのはありがたいことだ。しかし、その間いろいろと活字化することの良し悪しについて悩ましいことが耳に入ってきた。現場にあってはこの本の通りにやってくれ的に指示するのみの設計者の話など。
 松井、小林の両氏と宮越もそれぞれが現場で棟梁から聞いたりいたり見せてもらった事柄を、我々なりに悩み理解し整理して表現したものであって、具体的な現場で起きたことがその情報源となっている。その状況では我々もいろいろと悩みながら答えを出してきたもので、いま目の前で起きていることを解決しえるのかどうかは別のことと捕らえてもらいたかった。状況がまったく同じということはありえないのだ。マニュアル化の危険性ということを突きつけられてしまった。
2004_0620_016s続きを読む
posted by 太郎丸 at 18:10| Comment(0) | MJK463ノート

2005年04月05日

日本全国スギダラケ倶楽部

 なんかへんてこな名前の会であるのだが、スギダラケは「杉だらけ」で、杉でいっぱいという意味。日本全国で植林されている多くの針葉樹は杉で、その杉に関わるありとあらゆる人と場所をつないでしまおうという野望を持っているようだ。
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 ちょうど、コンフォルトの4月号にその紹介があるが、とにかく楽しく行動しながらがスギダラ(スギダラケの略)の布教活動を行っている感じがする。とかく、設計や林業の関係者で日本の山の話になると暗くなりがちなのだけれど、どうも彼らは違う。続きを読む
posted by 太郎丸 at 17:00| Comment(0) | MJK463ノート